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長春映画製作所
2008-10-13

 長春映画製作所の元の名前は東北映画製作所といい、東北映画製作所は東北解放戦争の砲煙の中で建設され発展してきた。

 1945年、中国共産党は自分の映画生産基地を創立するため、10月1日に東北電影公司を創立した。1946年の6月14日、民主連合軍は長春を解放した。中国共産党中央東北局は田方、許珂、銭筱章三同志を派遣し東北電影公司を接収し管理下においた。

 当時、東北電影公司は1946年5月23日に合江省興山市(現在の黒竜江省鶴岡市)へ移った。同年10月1日、東北電影公司は東北映画製作所に改名した。

 1949年4月に東北映画製作所は長春の現在地に戻った。1955年2月、中央文化部の決定により、正式に長春映画製作所と改名した。

 半世紀以来にわたり、長春映画制作所はすでにフィクション、科学教育映画、アニメーション、吹替映画、テレビ映画を生産し、大量にマスターテープ現像が可能な我国最大の総合映画製作所となった。長春映画制作書は現在従業員2000数人、工場区面積28万平方メートル、スタジオ七ヶ所、4つの録音室と現代化水準の現像ビルを擁する。映画作品を創作生産するのに必要な創作生産部門以外、吹替映画、アニメーション映画、ドキュメンタリー映画、現像など4つの分工場がある。

 50数年来、長春映画制作所はフィクション映画600数本を撮影し、劇曲50数本、数十ヶ国の映画800数本の吹き替え、また大量の科学教育映画、アニメーション映画、テレビ映画を生産した。生産量は全国業界のトップで、新中国の映画事業に卓越した貢献を果たした。

 1947年から1949年、長春映画制作所は中国人映画事業の6つの初を成し遂げた。:初の人形劇映画《皇帝の夢》、初の科学教育映画《ペスト予防》、初のアニメーション《甕の中で捕えられたスッポン》、初の短編フィクション《留下他打老蒋》、初の長編フィクション《橋》と初の吹替映画《普通の一兵》。

 1949年4月、長映は《中華児女》、《趙一曼》、《鋼鉄戦士》、《白毛女》などの映画を撮影制作した。

 1955年2月、中央文化部は東北電影製作所を長春映画製作所と改名することを決定した。この年には、《祖国の花》、《平原遊撃隊》、《董存瑞》等の映画が出品された。長春映画制作所は、外地人の心中における長春の象徴となった。

 半世紀が経ち、多くのキャラクター、多くの歌声が永遠に数世代の人々の記憶に残された。

長春映画製作所の現状と未来展望

 1997年、長春映画制作所は大なたを振るった改革計画を開始し、長影世紀城を建設した。2005年初頭、 大規模旅行プロジェクト長影世紀城が竣工し運営を始めた。