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歴史名所(八大部)
2015-03-31

偽司法部(現・吉林大学校舎)

 

  新民大街6号に位置します。1935年に建てられ、全体は十字形を呈した鉄筋コンクリート構造です。地上3階、地下1階建てで、中央には3階の塔楼が設けられています。ロビーは広く、建物全体は褐色のタイルで敷きつめられ、中央部分は主体部分を三分の一ほど高くして、真っ白のタイルで敷きつけられています。塔の頂、屋上と屋根は青い瑠璃瓦で飾られています。総建築面積は16,328平方メートルで、市レベルの重点保護文物に指定されました。


 偽司法部は建造初期には道勝銀行に設けられていましたが、同年商埠地五馬路旧蒲団工場に移転し、その後大同広場第二庁に移転しました。

 

  さらに1936年に現在の場所に移転しました。1945年日本投降後、この旧跡は国民党に占用され、1948年長春解放後、中国人民解放軍軍医大学に接収されました。


 偽興農部旧跡(現・東北師範大学付属中学)

 

  偽興農部旧跡は自由大路8号に位置して、現在は東北師範大学附属中学校です。この建物は二階建てで、正門は南向き、鉄筋コンクリートの構造です。建築面積は9,871平方メートルで、今は市レベルの重点保護文物です。

 

  1932年偽満政権設立後、まず偽実業部を成立して、産業開発の中枢になりました。偽実業部は主に農業、林業、鉱業、畜牧業、工業、商業とほかの一般的な実業を主管します。偽実業部内部には総務司、農鉱司、工商司が設立され、その統監として総長、秘書官、理事官、技正、事務官、属官が設置されました。

 

  東北回復後、その旧跡は先にソ連赤軍、後は国民党軍隊に占用されました。194810月長春解放後、東北師範大学に引き継がれ、19588月東北師大付属中学校となりました。


偽文教部(現・東北師範大学付属小学)

 

  偽文教部旧跡は自由大路10号にあり、今は東北師範大学附属小学校です。この建物は2階建て、正門は北に向かって、鉄筋コンクリートの構造で、附属建築はありません。敷地面積は10,000平方メートルで、1938年に建てられました。現在は市レベルの重点保護文物です。偽文教部は主に常務、宗教、社会教育及び思想文化の統治を担当しました。

 

  日本敗戦後、この旧跡は国民党国立長春大学に占用されたことがあります。1948年長春解放後東北師範大学に引き継がれて東北師大附中学校に使用され、1958年に同付属小学校の施設とされました。


 偽民生部(現・吉林省化工設計院)

 

  偽民生部旧跡は人民大街77号にあり、現在は省石油加工設計院です。1937年に建てられ、鉄筋コンクリート建てで、主楼は2階建て、地下は1階です。今は市級重点保護文物に指定されています。偽民生部は偽民政部から改組されたもので、その職責は地方行政、警察、土木、文教及び衛生などを管理することにあります。そして、省長(興安総省除き)と首都警察総督を監督する責任を持っています。

 

  偽民生部が建てられたばかりのときは旧吉林陸軍学院に設置されていましたが、1937年偽経済部は吉林大学三院に移転して、その後現住所に移転しました。改組後、その庁舎は偽厚生部が使用しました。


偽外交部(現・不動産会社所有)

 

  偽外交部旧跡は建設街副12号にあります。この建物はレンガ建てで、主体は2階で、地下は1階です。建築面積は9700平方メートルで、入り口は威然で、古い城のアーチのようです。後部建物の曲がり角に円楼が立っています。一連の建築は砦式で、西洋建築の特徴を持っています。今は市レベルの重点保護文物です。

 偽外交部設立後は大同広場第二庁舎に移転されました。193628日建設街副12号に移しました。解放後、この独特な建物は相次いで吉林省委員会党校、東北文史研究所、吉林省軍区、吉林省社会科学院などの機関に使用されてきました。

 偽軍事部(現・吉林大学第一医院)

 

  偽満軍事部旧跡は新民大街1号にあり、現在は吉林大学第一医院です。この建物は1935年に建てられ、「八」の字形をした鉄筋コンクリートの構造です。玄関は4本の四角い柱で支えられていて、内部の壁はすべて赭色の大理石で飾って、雨棚屋上は花崗岩の欄干があります。濃い褐色タイルが貼り付けられ、屋根と軒下部分はグリーンの瑠璃瓦で飾ってあります。この建物はもとは4階建てでしたが1970年にもう一階を増築しました。敷地面積は53,850平方メートル、建築面積は47,802平方メートルで、車庫やボイラー室がついています。今は市レベル重点保護文物に指定されています。

 

  軍事部の責任は軍政を管理すること、兵隊の使い方を身につけること、陸海軍を管轄することでした。それは反満抗日運動を弾圧し、積極的に日本の侵略活動を協力して、強制徴兵をします。偽満洲国解体後、偽軍事部大楼は国民党に占用され、楼内はひどく破壊されました。長春が解放されてからは中国人民解放軍軍医大学に接収、補修されて、今日まで使われています。


 偽経済部(現・吉林大学第三医院)

 

 偽経済部旧跡は現新民大街5号にあり、今は吉林大学第三臨床病院です。この建物は1935年に建てられ、全体の建築平面は"F"型を呈して、鉄筋コンクリートの構造です。建築主体は五階建て、両翼は褐色タイルで貼り付け、屋根と周縁は濃い色の瑠璃瓦で飾ります。敷地面積は43,200平方キロメートルで、今は市レベルの重点保護機関です。

 

 偽経済部の前身は偽財政部です。偽満政権は成立後の1931年に偽財政部を成立しました。その職責は税務、専売、貨幣、金融と国有財産を管理することにあります。偽財政部は設立当初は北大街(東三省官銀号)に設置され、後は現吉林省化工設計院に移転されました。1937年偽財政部が取り消されてから、偽経済部に用いられました。日本投降後、この建物は国民党に占用され、内部はひどく破壊されました。長春解放後、中国人民解放軍軍医大学に接収、使用されていました。


偽交通部(現・吉林大学予防医学院)

 偽交通部旧跡は新民大街7号にあり、今は吉林大学予防医学院です。この建物は1935年に建てられた鉄筋コンクリートの構造です。建物の主体は4階で、両翼は3階、地下は1階です。屋根は""形で、新民大街に向かっています。坂の屋根の周縁には図案が彫られており、その下に壁を突き出ている装飾柱が4本立っています。建物は全部褐色タイルで装飾され、濃い赤色の瑠璃瓦が屋根に敷かれています。今は市レベル重点保護文物です。